miss
私は今、窮地に立っている。
計画は完璧の筈だった。
全ては、うまくゆくはずだったのだ。
だか、数時間前に、私は一つの重大なミスを犯してしまった。
ある事件の一番中心にいた男を、殺してしまったのだ。
彼は、私の、最高の『
相棒
(
パートナー
)
』であった。
私は彼と一緒に、いくつもの事件を解決してきた。
現場に赴くのはいつも彼で、私は常に離れた場所から彼に指令を与えていた。
彼は必ず私の指令通りに行動し、確実に任務を遂行していった。
時に彼は私に、「自分のやり方には合わない」と、指令に対し無言の抵抗を見せる時もあった。
しかし、その度に私が指令を変更したり、彼に妥協して貰ったりと、うまくやってきた。
危ない橋を渡った事もあったが、それはいつも私の指令が不味かったからで、
彼に非はなかった。
私は彼と共に、何度も危険な場面を乗り越えてきた。
彼を殺そうと思った事など一度もない。
いや、死んでしまっては困ると、思っていた程だ。
なのに、私は彼を、殺してしまった。
ふとしたはずみで、いとも容易く。
そして、私は今、窮地に立っているのだ。
彼を殺してしまった事を、後悔している。できる事なら、
後戻りして、彼を蘇らせたかった。
全てを、無かった事にしたかった。
しかし、そんな事など出来ないのは、私が一番良く判っている。
この状況から、逃げ出してしまいたい。
もし逃げ出したらどうなるだろう。
きっと奴等が必死になって私を捜し出すだろう。
そして、私は奴等の監視下に置かれるのだ。
一日中、監視される日々が続く。
私が少しでも体を動かすと、それがたとえトイレであろうと、
奴等は俺の横にピッタリと寄り添い、離れはしないのだ。
決して奴等から解放される事などありはしない。
…そんな生活などまっぴらゴメンだ。
しかし、どうやってこの状況を乗り越えれば。
「もう、終わりか。」
私が諦めかけたその時である。
私の頭に、素晴しいアイデアが浮かんできた。
「いける」
私は希望を取り戻し、もう一度計画を練り始めた。
「…終わった」
原稿用紙に力強く書かれた「完」の文字を満足げに見詰めながら男がつぶやいた。
「すごいですね、まさか、途中で探偵役の主人公を殺してしまうなんて、思いもしませんでしたよ。さすが先生。」
「読冊社」と書かれた紙袋を抱えた若い男が、仕事を終え、ぐったりとしている男を褒める。
先生と呼ばれたその男は目の前の若い男にチラっと目をやると、
「あぁ、私も『彼』を殺してしまって、途中かなり後悔したよ。」
と、思い返しているのか、微笑みながら遠い目をしている。
「締め切りも迫っているし、書き直す余裕も無かっただろう。
なんとか書ききらないと、と思ってね。」
「でも、よく締切に間に合いましたね。
しかも、苦心した割にはなかなかの出来じゃないですか。」
「はは、私も自分に驚いているところだよ。
だが、20作も続いた『名探偵バヂヂ』シリーズがこれで終わってしまうと思うと、やはり寂しいものだな。」
「そうですね。次を書こうにも、主人公が死んでしまったんですからね…」
「いっその事、実は死んでいなかったという設定で、しばらくしたら
復活させてみようか。」
「いいじゃないですか、それ。」
先生と呼ばれたその男と、今日まで男を追い詰めてきたであろう出版社の若い男は、静かに笑った。
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